憂鬱な気分で朝を迎えた。7時には目が覚めて、そのままベットに横になっている。学習机に、棚に並ぶ本、天井に張り付いたままの蓄光の星型シール達に視線を巡らせてみる。朝食の準備をする音が台所から聞こえてくる。
不安からなのか定かでないが、なぜこんなことをしているのだろうとこれからの途方もない旅路を思うと臆病になる自分がいた。向いていないんじゃないかとすら2日目にして思ってしまう。
台北で何がしたいですがという陳さんのご好意に甘えて、山に登りたいですと答えた。台北近郊から登山をするとなると陽明山が良いですねと上着や水筒諸々をまとめて陳さんと共に向かうことにした。あいにくの曇りと天候は味方してくれない。台北駅から北へおよそ40分バスに揺られる。あの人達も陽明山に登るのだろう、明らかに登山の格好をした男女が話している。バスは山沿いへと入り、躊躇のない運転で右に左に大きく振られる。優先席に座る陳さんを見て、陽明山がどの程度の山なのか特に考えもなく誘ってしまったことを少し申し訳なく思った。
登山口に到着すると背の高いススキが茂り、微かに硫黄の匂いが漂っている。陳さんの歩みに合わせながら、風に揺れるススキの間をゆっくりと登った。すでに息の上がっている陳さんを見て、今後は本当に申し訳なく思った。1120mの主峰に登頂したのは登山口から歩き始めて1時間もしない頃だ。あいにくの天気のため、いくらあたりを見回しても台北の街を望むことはできない。頂上は登山客でいっぱいになっており、主峰標識と写真を取る人が行儀よく列を作っている。服装は人それぞれで街にもいるようなTシャツ、半ズボンと軽装の人もいれば、日本の南アルプスを登るような重装をした人も見られる。ただ、小雨が降り始めて折り畳みの傘を広げるのは皆同じらしい。
市内へ戻るバスを待つ間、スーパー銭湯のような施設に人が入っていくのを眺めた。元登山客で満員の車内では立ったままうたた寝し、気が付いた時にはすでにバスは市内へと戻っていた。
ただいまと言って家に帰り、最近これが好きなんですと陳さんは冷蔵庫からAPAと書かれた外国のビールを嬉しそうに持ってきた。無事登頂を讃え3人で乾杯する。おばさんは軽く口に含んで私はもういいと顔の前で手を振った。
夜になれば3人で食事をする。家からほど近くの屋台の並ぶ通りにやってきて、今度は牡蠣の卵炒めを出すお店に立ち寄った。すでに他の客で満席になっており、空くのを待ってしばらくしてから席についた。とろみのある辛味ソースをかけて食べるのだが、それにしても日本では食べられない美味さに仕上がる。3軒目の屋台で食べた麻辣スープのお店では陳さんの注文した腎臓のスープを少しもらった。興味津々で食べた割には、妙な食べにくさで思わず顔をしかめた。
おばさんとも会話を楽しむことができるようになった。1つ2つの単語を組み合わせて最低限の意思疎通を図る程度だが、それでも立派に言いたいことは伝わってくれる。たまに言葉を介さずとも分かるような気持ちになる時がある。帰宅してからは、台湾フルーツをいただいた。紅色の梨にドラゴンフルーツと日本ではなかなか見ることのない果物が気軽に手に入る土地柄を羨ましく感じた。
リビングには一勤天下無難事と書かれた掛け軸が飾られている。真面目に勤めることができれば、世の中に難しいことなどないという意味だと陳さんは言う。昨日からすでに沢山のものを陳さん、おばさんから与えられている。何も返すことのできない私は、勤められているのだろうかと申し訳なく思ってしまった。
231014 Taipei Taiwan

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