10月も終わるというのに、日差しは強く、騎楼の陰が濃くはっきりと映し出されていた。風は小気味良くTシャツを揺らして、通りを過ぎていった。散歩日和という一日のはじまりであった。この景色を見るのも残りわずかと思うと、書き残すことが沢山あった。歩きながら考えたことを連ねる。
三車線もある大きな道路には、よく路線バス専用の路が中央に用意されている。渋滞なくバスは大通りを移動できるのだ。よく考えられた都市設計だ。
デパートの開始時刻が遅い。中山の百貨店では11時がオープン。エントランスにて開店を待つ人々をよく見かけた。もしや、夜型の国民性なのだろうか。
日式と書かれたレストラン、日本の雑誌や本。薬局に行けば、ロートの虫刺され薬があった。屋台のお皿には「いちばん」や「おいしい」と印刷されていたりもした。これほど街中で日本を見る国は稀だ。かえってどの地域に入ると減っていくのか気になった。
昼通りで昼飯を済ませた。惣菜の店は変わらず人が並んでいて、今日は何にしようかと陽気に考えながら順番を待った。ワイシャツ姿のサラリーマンに混ざって、選んだ惣菜4つとメイン1つの入った弁当を食べた。店内の四方に巡らされた古びた扇風機が、それぞれ強の勢いを保ったまま自分の意思とは関係なく首振りを続けていた。
近くの公園には決まってやってきて、ここに初めてやってきた時に座ったベンチに同じく腰掛けた。ここから東西南北に歩けばどんな景色が広がっているのかおおよそ想像することができる。少しばかり知ることができたなと、この滞在で出来上がった頭の中の地図を広げてみて思った。流れる雲が、しばらくの間陽の光を遮る。そよ風がタイミングを合わせてやってきた。変わらずここにはサラリーマンから観光客まで多くの人が昼時の散歩を楽しんでいた。
公園の端からチェロを演奏する音が聞こえる。前にやってきた時も、演奏をしていたのを覚えている。空に浮かぶ雲が暑さに耐えかねて、陽が強く差し込んできた。そろそろ移動しようか。
虎記で珈琲を飲んだ。かなり奮発した250元を支払って、グアテマラの豆にしてしまった。今日は客が少なく、店には感じのよい男性の店員しかいなかった。今日もタダで別のコーヒーを1杯貰った。
多謝とコーヒーが美味しいですと伝えると、男性の店員は矯正を覗かせながら満面の笑みを浮かべた。彼にはなぜか親近感が湧いて、一言余計かも知れないが私の事を伝えた。今度は翻訳アプリに頼って、スマホの画面を彼に見せた。
「私はこれからインドネシアに行ってきます。世界を旅する予定です。また来ます。」
「Wow…謝謝」と大きく目を開いて反応してくれる。
「See you again」と伝えて店を出た。次はいつになるだろうか。
図書館では、若者と性の現在地という本を1冊読み終えた。性とはなんだろうかという問いのあとがきに、山を考えた時に、登る人、書く人、植物を見る人、四季を感じる人がいるだろう。そのように多様な目を持って捉えて欲しいとまとめられていた。
夕方には中正紀念堂へと立ち会って、1日の終わりとした。大理石の階段に腰掛けて、夕焼けを見ながらふと思った。外国の土地に少しの間でも馴染む場を持つことは、旅の中で特に心地よいことだ。そこが自分とその国をつなぐ大切な場所になる。最初に訪れる場所は、とりわけ特別で、その土地に降り立ったときの気持ちと、今の自分の気持ちの変化を確かめることができるからだ。初めてここに来たとき、知らない事ばかりであった。ただ今は、この街の動き、風の流れ、いくつかの言葉を覚えた。知らない土地が、少しずつ馴染みのある場所に変わった。気がつけばその実感が、私を豊かにしてくれていた。
231031 Taipei Taiwan

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