霧ともとれるような細かい雨が降ったり止んだりを繰り返していた。今日は家に篭ってゆっくりと過ごそう。Eddyさんファミリーも滞在しているので、邪魔しない程度に私は家の端の方に存在していた。主役は子供達なのだ。娘さんはリビングにあるL字ソファの上で音楽にのって踊っている。3歳の息子さんはお姉ちゃんの真似事に励んでいた。流行りのKpopの音楽が流れている。今の子供達はKpopを聴いて育つのかと私はグローバル化を感じていた。
昼食はEddyさんがテイクアウトしてくれた水蒸包。肉まんのような料理だ。熱々の包を開くと、白い湯気と共に春雨と野菜の炒め物が中に入っていた。日本ではなかなか味わえない組み合わせだった。美味いですとEddyさんに伝えた。この程度の中国語はもう慣れたものだ。
ダイニングで黙々と食べていると、陳さんもやってきて一緒に食べた。
「お孫さんたちはよく来るんですか?」と賑やかな声をBGMにしながら尋ねた。
「月に一度はやってきますね、普通だと思いますよ」と陳さんは嬉しそうに答える。
昼食の片付いたダイニングテーブルでラップトップを操作していた。次のジャカルタが近づいているのだ。娘さん息子さんは私のところまで、小さな歩幅でそろりとやってくる。微笑んではささっとかけていくのを繰り返していた。言葉は分からなくとも、楽しいという気持ちは十分に共有できている。息子さんは、「这个(zhège)、这个」と言うのが流行りなのか。1人で勇敢にも私のもとにやってきては、指で指し示しながら、何かを訴えていた。何が気になっているのだろう。
日本の赤ちゃんとはコミュニケーションをとった経験があるが、台湾の赤ちゃんにはどう話せば良いのだろうか。とりあえず、単純な反復戦法で彼に「这个?、这个?」と語りかけ、極端に語彙の少ない指差し会話を私たちは続けていた。
疲労が蓄積していたのか、私はベットに横になっていた。気がついた頃には外はすでに暗くなっていて、Eddyさん家族も陳さんも家には居なかった。残っていたおばさんに訊くと、Eddyさん家族は今夜のハロウィンイベントのため、西門へと外出したと言う。陳さんは夕食に出ていったそうだ。
そうか、世間はハロウィンのイベントなのか。すっかり忘れて寝て過ごすところだった。街がどのような様子なのか気になるし、仮装をしたEddyさん家族にも会えるかもしれない。西門に行ってくるとおばさんに伝えて、玄関のドアを閉めた。西門駅からの地上へと登る階段。メトロに乗り込んでから駅ホームまで前例のない人混みに身を任せてやっと出ることができた。あまりの人の多さに、Eddyさん家族を見つけるのは無理だと、早々に私は諦めていた。いつもは屋台や若者向けのお店が並ぶ西門も、今夜は色とりどりのコスチュームに身を包んだ人々で溢れ、親しい仲間達の賑わいやカップルやらの睦ましさで埋め尽くされていた。
そうか、私は1人なのか。街の喧騒の中で、人混みに紛れた私はふとそう思ってしまった。人々の集まった活気の中で、1人の寂しさが込み上げてきてしまったのだ。Eddyさん家族は結局見つからなかった。早く帰らないと。到着してからそれほど経たずに、私はすでに帰り道の途中にいた。早く帰らないと、この寂しさに潰されてしまいそうだった。私は1人だという存在していたはずの現実が、なぜか今夜はっきりと目立っていた。
思ったよりも早い帰宅に、ソファでテレビを見ていたおばさんはもう帰ってきたのと言いたげであった。理由を伝えられる程の語彙力は私には無かった。
231028 Taipei Taiwan

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